2013年10月15日
Show Hot Sea
いよいよ今月は伊平屋ムーンライトマラソン。
島へと渡り、夕暮れの中を気持ちよく走り、ゴール後はお酒や地元の美味しい食材に舌鼓
を打ちまくれる素晴らしいイベント。前にブログにて参加表明していました。
が前回のNAHAマラソンではレース中から舌鼓を打ちまくり、最後はレース終了の
花火を見上げながら終わるという失態。
とてもまだ楽げな大会に参加する資格などない。 と突如鬼の形相と化し、
昨年も走った地獄の上り坂が待つ尚巴志ハーフマラソンに再エントリーしてしまいました。
なので今年も11月3日は休診となる予定です。
さて、こちらのレース名になっている尚巴志。コースで廻る佐敷出身の、沖縄本島が
南部中部北部と三つの勢力圏に分かれていた三山時代の琉球を制し統一した人物です。
簡単にいえば首里城を中心とした琉球王国の立役者であり国王。
父親が初代王になっているので、二代目琉球国王となります。 が、やはり統一した
尚巴志こそ初代琉球国王だと推す声もあったりでややこしいです。
まぁ過ぎた過去のことです。
尚巴志は1439年に没し首里城近くの天山陵に葬られましたが、
約30年後、王府に嫌気が差した家臣らのクーデターにより王家は滅ぼされ、
尚巴志の墓も焼き払われそうになったのでした。
その時、尚巴志の家臣(孫?)であった平田之子と屋比久之子が、すんでのところで
遺骨を持ち出し、読谷村のとある場所へと移したとのことです。
尚巴志マラソンを走る者としてこれは亡き王に挨拶へ行かねばなるまいと、
休日を使って尚巴志の墓探しの旅に読谷村へと向うことにしました。
読谷村といっても、国道58号伊良皆交差点付近から嘉手納弾薬庫地区へと
入り込む、黙認耕作地の非常に広大な土地のどこか。
なんとなくこの辺りだろうなぁとの知識で行った為、初め数時間は
ひたすら走っては行き止まりの連続。

古い石碑が目印との情報は持っているも地べたにあるのは
湧き水場などを示す近年に作られたものばかり。
迷いに迷うと戦時中を思わせる荒れ果てた光景や、


四駆などの練習コースにされているであろう場所など。
道という道をひたすらランニングして探すことにさすがに疲れ
諦めかけたその時、地べたではなく頭上に求めていた石碑が!


そこから川に沿って草をかき分けて行くと、
ついに発見。

初代琉球国王、尚巴志の墓!プラス短命の三代目四代目の墓。
いくらクーデターからの戦火を逃れてきたといってもあまりに寂しすぎる場所。

でも立派な岩山の洞穴にいい絡み具合のガジュマル。目前にはゆるやかに流れる小川。
緑が生い茂って見えなかったけど。
米軍の基地敷地内だったからこそ当時の雰囲気が残っているんだとしたら
これでいいのかなとも思える場所でした。
なので探しだす楽しみも温存する意味で場所の説明は最小限にします。
伊良皆交差点付近から敷地に入ってゆく。←これだけでかなり絞られた。
その地は豊富な水の近くに存在する。
石碑は地べたにあると思うな。
兎にも角にも数時間かけてやっと辿り着いた尚巴志王の墓、
深々と頭を下げ、手を合わせて神妙な面持ちで挨拶をしたのでした。
「今度走らせていただきます。」
島へと渡り、夕暮れの中を気持ちよく走り、ゴール後はお酒や地元の美味しい食材に舌鼓
を打ちまくれる素晴らしいイベント。前にブログにて参加表明していました。
が前回のNAHAマラソンではレース中から舌鼓を打ちまくり、最後はレース終了の
花火を見上げながら終わるという失態。
とてもまだ楽げな大会に参加する資格などない。 と突如鬼の形相と化し、
昨年も走った地獄の上り坂が待つ尚巴志ハーフマラソンに再エントリーしてしまいました。
なので今年も11月3日は休診となる予定です。
さて、こちらのレース名になっている尚巴志。コースで廻る佐敷出身の、沖縄本島が
南部中部北部と三つの勢力圏に分かれていた三山時代の琉球を制し統一した人物です。
簡単にいえば首里城を中心とした琉球王国の立役者であり国王。
父親が初代王になっているので、二代目琉球国王となります。 が、やはり統一した
尚巴志こそ初代琉球国王だと推す声もあったりでややこしいです。
まぁ過ぎた過去のことです。
尚巴志は1439年に没し首里城近くの天山陵に葬られましたが、
約30年後、王府に嫌気が差した家臣らのクーデターにより王家は滅ぼされ、
尚巴志の墓も焼き払われそうになったのでした。
その時、尚巴志の家臣(孫?)であった平田之子と屋比久之子が、すんでのところで
遺骨を持ち出し、読谷村のとある場所へと移したとのことです。
尚巴志マラソンを走る者としてこれは亡き王に挨拶へ行かねばなるまいと、
休日を使って尚巴志の墓探しの旅に読谷村へと向うことにしました。
読谷村といっても、国道58号伊良皆交差点付近から嘉手納弾薬庫地区へと
入り込む、黙認耕作地の非常に広大な土地のどこか。
なんとなくこの辺りだろうなぁとの知識で行った為、初め数時間は
ひたすら走っては行き止まりの連続。

古い石碑が目印との情報は持っているも地べたにあるのは
湧き水場などを示す近年に作られたものばかり。
迷いに迷うと戦時中を思わせる荒れ果てた光景や、


四駆などの練習コースにされているであろう場所など。
道という道をひたすらランニングして探すことにさすがに疲れ
諦めかけたその時、地べたではなく頭上に求めていた石碑が!


そこから川に沿って草をかき分けて行くと、
ついに発見。

初代琉球国王、尚巴志の墓!プラス短命の三代目四代目の墓。
いくらクーデターからの戦火を逃れてきたといってもあまりに寂しすぎる場所。

でも立派な岩山の洞穴にいい絡み具合のガジュマル。目前にはゆるやかに流れる小川。
緑が生い茂って見えなかったけど。
米軍の基地敷地内だったからこそ当時の雰囲気が残っているんだとしたら
これでいいのかなとも思える場所でした。
なので探しだす楽しみも温存する意味で場所の説明は最小限にします。



兎にも角にも数時間かけてやっと辿り着いた尚巴志王の墓、
深々と頭を下げ、手を合わせて神妙な面持ちで挨拶をしたのでした。
「今度走らせていただきます。」
Posted by しまぶく歯科 at 22:15│Comments(0)
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